共 通 論 題

「少子化と現代資本主義」

(終了しました)

  2020年2月1日に開催された幹事会の討議を経て、本年度の大会の共通論題は「少子化と現代資本主義」といたしました。
  資本主義経済がもたらした物質的豊かさは、乳幼児死亡率の低下と平均余命の延長を通じて、人口を爆発的に増加させました。多産多死から多産少死への移行は、やがて、少産少死へと至る人口転換をたどり、現在、先進各国では少子化による人口減少が危惧されるようになっています。かつて人口問題といえば、人口爆発が宇宙船地球号の環境を破壊してしまうのではないか、という人口の増加を問題視するものでしたが、現在では、地球規模では途上国を中心に人口爆発が続く一方で、先進各国を中心に定着しつつある少子化を食い止められるのかが新たに課題となっています。
  日本の場合、1970年代より合計特殊出生率は人口置換水準とされる2.07を下回っていますが、人口の自然減が始まったのは2000年代に入ってからでした。そして、2016年には社会増が自然減を補うこともできなくなり、ついに人口減少が始まっています。合計特殊出生率は、最低だった1.26からは回復し、現在は1.43ですが、親となる世代の人口もすでに少ないことから、出生数の減少は深刻です。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2053年には日本の人口は1億人を切り、その10年後には9千万人も割ることになるようです。日本の希望出生率は現在1.8であるとされており、政府は1.43 をまずこの1.8まで回復させることを目指していますが、そもそも1.8自体が人口置換水準を下回っており、人口減少の傾向は、当分、続きそうです。合計特殊出生率が人口置換水準を下回っているのは、先進各国共通の課題となっています。
  経済とは社会的再生産、すなわち、社会が維持される営みのことであるとすれば、先進国において少子化の傾向が定着してしまうということは、発達した現代資本主義が経済体制として成り立ちえていないことを示すものであるとも考えられます。経済理論学会に集う経済学諸学派は、資本主義の特殊歴史性の解明に関心を寄せ、現代資本主義の構造的把握を目指しています。このような問題関心を共有する理論・実証両面の研究者を擁する当学会にとって、現代資本主義のもとにおける先進国の少子化は、総合的な分析を挑むのに相応しいテーマであると考え、今大会の共通論題として設定いたしました。
  少子化が現代資本主義にどのような影響を及ぼしつつあるのか、また、現代資本主義のどのような特色が少子化の傾向の定着をもたらしているのか、その両面について、地域経済・日本経済・各国経済・世界経済といったさまざまな次元、さらには、資本蓄積・労働・財政・社会保障・公共インフラ・ヒト/モノ/カネの移動・環境などの諸領域に、少子化という視角から光を当てることで、現代資本主義の病理と課題を浮き彫りにするような実証的な知見を報告としてお寄せいただき、議論することができれば、と考えています。また、ジェンダーや家族について当学会とその周辺で重ねられてきた議論が少子化の分析にいかに援用可能かという点も、検討したいところです。
  マルクスは、マルサス人口論を批判し、相対的過剰人口の概念を鍵とする資本主義的人口法則論を提起しました。その議論は、人口の絶対的な増減を議論の焦点とするものではありません。しかしながら、資本主義が地球上の各地域に人口爆発をもたらし、その後も各地で人口の増加が続いていたこともあり、マルクス人口論や資本蓄積論、さらにはそれに基づく景気循環論の議論の背景には、人口は絶対的に増加傾向にあるものという想定が滑り込んでいたようです。資本主義的人口法則論・資本蓄積論について、また、景気循環の形態の変容について、少子化・人口減少という視角からの理論的再検討が必要であると考えられます。
  今大会の共通論題では、上記のような理論・実証両面での研究をご報告いただきますと共に、経済学史研究の視点や社会学等を基礎とする人口学研究の立場からのコメントを頂戴することにより、より立体的に議論を深めることを企図しております。
  社会の存立を危うくしかねないような少子化という課題に対し、経済体制としての資本主義の特殊歴史性に関心を寄せる経済学が培ってきた知見を動員することで、現代資本主義の構造的解明をさらに深めていくために、今大会の共通論題をその端緒となる契機とできれば幸いです。
  共通論題でのご報告や議論へのご参加をお願いいたします。 

北星学園大学
勝村 務

日時:10月24日(土) 13:00-17:00(Zoomによるオンライン開催)

司会:平野健(中央大学)・田中史郎(宮城学院女子大学)

 

溝口由己(新潟大学)「少子化要因分析の視点──資本主義機能不全としての少子化」

宮嵜晃臣(専修大学)「少子化の歴史的位相と日本の特性」

勝村務(北星学園大学)「人口減少と資本蓄積」

参加者からのコメントと討論

共通論題 報告要旨

溝口 由己(新潟大学)「少子化要因分析の視点-資本主義機能不全としての少子化」
《報告要旨》
 人口置換水準以下への出生率低下の主要因は育児費用の増加だが、それは国によって形態が異なる(日本は正規雇用の「働き方」に起因する間接費用型、中国は市場領域の拡大に起因する直接費用型など)。共通項として育児費用の増加はサブシステンス生産が資本により実質的に包摂されたことの結果として起こる。これに対抗してサブシステンス生産を支える社会的共通資本(日本であれば正規雇用の時短)の構築が必要である。


宮嵜 晃臣(専修大学)「少子化の歴史的位相と日本の特性 」
《報告要旨》
 少子化は、「福祉国家の遺産」(加藤榮一)という側面と新自由主義という背反する諸要素が交代し、並行して進展している。前者は老親扶養の社会化で、少子化の一方の要因となっている。後者の最たるのは福祉国家の枠組を損じてきた規制撤廃政策であり、日本においては労働市場の規制撤廃を通して、非正規雇用の増大をもたらし、雇用の流動化に対応できていない社会保障制度も加わって、相対的貧困率にして15.4%(2018年)という貧困状況を結果し、もう一方の少子化の要因となっている。


勝村 務(北星学園大学)「人口減少と資本蓄積」
《報告要旨》
 人口減少を所与とすると、資本蓄積の進行の困難や景気循環における好況期の短縮といった事態が予想され、また、縮小再生産に陥らないために構成高度化や需要拡大に強い想定が必要であり、資本主義の存立は容易ではない。資本主義的人口法則論の背後には人口の維持・拡大の想定がありそうである。生活費賃金によって個々人の労働力の再形成と労働者階級の維持との二面の「再生産」が図られると説く経済原論の論理には、要請論的な無理が潜んでいるのではないか。